Japan Exchange Group

日本取引所グループ様導入事例

「マニュアルなしでは使えないシステム」から脱却せよ 日本取引所グループが“要”の会計システム刷新で得た教訓

現場で発生する予算やコストを細かく把握し、管理する――。経営の透明性を上げようと管理システムを導入する企業にとって、実際にシステムを操作し、データを可視化する現場の負担は悩みの種だ。日本の主要な証券取引所を運営するJPXは、そんな状況を思い切って抜け出し、国内で当時実績の少ないツールを使ってシステムを刷新する決断を下した。その理由と、導入過程のさまざまなトラブルを切り抜けて得た教訓とは。

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  • Industry: Banking & Financial Services
  • 部門: Finance
  • 従業員:1,208名(連結):
  • 設立:2013年1月:
「マニュアルなしでは使えないシステム」から脱却せよ 日本取引所グループが“要”の会計システム刷新で得た教訓

 2013年に東京証券取引所グループと大阪証券取引所(現 大阪取引所)が経営統合して発足した日本取引所グループ(JPX)。東京証券取引所や大阪取引所、東京商品取引所などの現物、デリバティブ市場や、取引の清算、決済機能を提供する日本証券クリアリング機構を傘下に収め、国内金融商品市場の運営全般に関わる機能を一手に提供している。

 そんなJPXは2020年1月、約9年間に渡って利用してきた管理会計システムを全面刷新し、新たなデータマネジメントの取り組みを始めた。当時、同グループで財務部 調査役を務め、現在は企業会計基準委員会(ASBJ)の専門研究員である山下晴之氏によれば、その背景には同社に特有の課題があったという。

JPXは株式会社としての立場の他、東京証券取引所や大阪取引所といった取引の場を公正に運営する立場を持つ(出典:JPX)

 「当社も一般企業と同じく、年次で予算を策定して毎月実績値と比較しながら業績予想を立てていくという管理会計の仕組みを回しています。ただし、純粋に利益を追求する事業会社とは異なり、JPXは『金融インフラの運営』という社会的な責務を担っていますから、ただやみくもに利益や効率化を追求するわけにはいきません。事業の公共性を鑑みて、重点的に投資すべき所にはしっかり投資した上で、効率化できる部分についてはさまざまな工夫を凝らしながら効率化を進めています」

 とりわけ2013年に東証一部に上場して以降、同グループは「重要社会インフラの運営主体としての社会的責務」と「株式会社としての株主利益の追求」という、一見すると相反する2つの目的のバランスを取ることを求められてきた。そのために重視したのが「経営コストの徹底的なマネジメント」だったという。

経営管理システムでコスト管理 しかし現場の負担はどんどん増えていった

 必要な投資を実行しながら、同時に収益も確保するためにコストをしっかりと管理し、無駄な費用を削減する。そのためにJPXは3万件近くもの費用項目を設け、管理会計システムを使ってそれらの数値を常に追いかけている。具体的には、経営統合前の2011年に経営管理ソリューションを導入し、予算策定や予実管理、コスト管理、業績予想などに活用してきた。

 導入後しばらくの間は特に不便もなく利用できていたが、年月を経るごとに少しずつ課題が持ち上がってきたという。

JPXの山下晴之氏(Web取材のため、写真は本人提供)

 山下氏は「実績データは財務会計システムと連動して自動的に取り込めていたのですが、予算データは各部門の予算担当者が『Microsoft Excel』のマクロを使ってシステムに登録する必要がありました。このExcelマクロがユーザーにとっては取っつきにくく、マニュアルなしではなかなか使いこなせないほどでした」と語る。

 また、システムで管理するデータ量が増えていくに従い、システムの応答時間も少しずつ遅くなっていき、業務効率が悪化するという問題も発生していた。「当時当社では働き方改革のための生産性向上に取り組んでいたため、こうした状況は改善する必要があると感じていました」(山下氏)

 

国内実績が乏しかったBI&CPMツールを思い切って導入 決断の理由は

 こうした課題を解決するために、山下氏らが中心となってExcelマクロを改良し、データベースの構造に手を加えるといったチューニング作業を繰り返してきた。しかし2018年、ついにこうした努力も限界を迎えることになった。

 「当時使っていた『Windows 7』のサポート切れが徐々に近づいてきたため、『Windows 10』へのバージョンアップと、それに伴うExcelのバージョンアップが避けられなくなりました。自ずと、それまでシステムとセットで利用してきたExcelマクロもバージョンアップすることになり、システムのバージョンアップも必要になります。そのためにはかなりの投資が必要になるため、これを機に管理会計システムの在り方を抜本的に見直してみることにしたのです」(山下氏)

 JPXは早速、現行のシステムに代わる管理会計、業績管理パッケージ製品がないか、検討を始めることにした。それまで利用してきたシステムの後継製品は、国内での実績が最も多く、普通に考えれば最有力候補になるはずだった。

 しかし山下氏は、さまざまな製品を調べ、他の選択肢を模索した。「国内実績だけにこだわって、国外での実績に優れた他製品を選定候補から外すのはもったいないと考えました。そこで国外の製品比較サイトなどの情報も参考にしながら、たとえ国内での実績が乏しくても国外で評価が高いものも選定候補に挙げることにしました」と、同氏は当時の製品選定基準を説明する。

 当初は10製品ほどが挙がっていた選定候補を徐々に絞り込んでいった結果、最終的に同社が選定したのが、1994年にスイスで設立されたBoardが提供する、パッケージ型のBI&CPM(Corporate Performance Management:企業パフォーマンス管理)ツール「Board」だった。BI&CPMツールは、管理会計や業績管理といったCPMの機能とBI機能とが一体になって提供されるのが特徴だ。

Boardはさまざまな企業システムのデータを集約する機能の他、ユーザーがデータを可視化し、分析するための機能を備える(出典:Board)

 当時、国内の実績が少なかったBoard導入を決めた理由について、山下氏は「使いやすさ」と「柔軟性」を挙げる。

 「直観的に操作できるUIを備え、誰でも簡単に使いこなせそうだと思いました。少なくともそれまでマニュアルを片手にExcelマクロと格闘していたのと比べると、格段にユーザーフレンドリーだと感じました。また、従来使っていた製品はExcelマクロはデータ項目にちょっとした変更を加えるだけでもかなりの手間が掛かりましたが、Boardはデータ項目の追加や変更などが柔軟に行えるため、当社のニーズに合致すると判断しました」(山下氏)

  

製品の柔軟性を生かしたアジャイル型の開発手法を導入

 2018年末にスタートした導入プロジェクトは、JPXの財務部と情報システム部、開発パートナーでありBoardのソリューションの導入経験を持つ日本ラッド、Boardの日本法人であるBoard Japanのそれぞれから参画したメンバーによって構成された。

 ある程度以上の規模を持つ業務システムの導入プロジェクトでは、通常はウオーターフォール型の開発手法がとられる。だが、JPXのBoard導入プロジェクトは、アジャイル型開発を採用した。

 山下氏は「開発が始まった後でも、現場のユーザーからの声を適宜反映させながらシステムを作り上げていきたいと考えました。その点、Boardは開発を始めた後でも比較的手間を掛けずに柔軟に仕様を変えることができるため、アジャイル開発との親和性が高いと判断しました」と話す。

 導入過程では、まず機能を絞ったモックアップを開発し、実際にユーザーに触ってもらってフィードバックをもらう。その内容を再度設計に反映させて次のバージョンのモックアップを開発し、それをまたユーザーに使ってもらう――。という、一連の開発サイクルを短い周期で回していった。

 こうして2019年の夏に最初のバージョンが完成し、その後テストなどを経て2020年1月から本番運用を開始した。ただし全ての機能を一気にリリースするのではなく、まずは財務部での利用に限定した運用から始め、システムの安定性や使い勝手などを確認した後に、2020年3月末から各部署で予算策定に当たるユーザーにもリリースすることにした。

 

想定外のトラブル対応で培った“導入の教訓” ベンダーに求められる情報開示

 ただし、リリースの過程で思わぬ事態が発生した。財務部向けのリリースは無事2020年1月に済んだものの、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大を受け、3月末に予定していた現場ユーザー向けのリリースをいったんストップせざるを得なくなったのだ。リリース時期は7月中旬に延期が決まった。

 コロナ禍以外にも、思わぬところで想定外のトラブルが発生したという。

 Boardはブラウザとして「Microsoft Edge」(以下、Edge)と「Google Chrome」(以下、Chrome)を正式にサポートしている。JPXでは既に社内標準のブラウザとして採用済みのEdgeを使ってBoardを利用する予定だった。Chromeで正常に動作することは既に確認済みだったため、「ブラウザ周りでは特に問題は発生しないだろう」と考えていたところ、いざテストでEdgeを試してみると、一部の画面で動作が遅くなることが判明した。

 山下氏が調べたところ、2020年7月にリリース予定の次期バージョンのEdgeはChromeと同じレンダリングエンジンを搭載する予定となっていた。チームでそのプレリリース版を試してみたところ、問題は発生しなかった。

 「たとえ製品単体では問題が見つからなかったとしても、他製品も含めた環境全体を動かした場合には問題が発生する可能性があることを今回学びました。私自身の事前リサーチ不足していましたし、こうした不具合情報は製品ベンダーも含め、もっと広く共有されるべきだと思います。今回遭遇したブラウザの問題は幸い致命的なものではありませんが、こうしたネガティブな情報もぜひ製品ベンダーさんからきちんと開示してもらえるとありがたいですね」(山下氏)

 

データ分析や経営レポート作成作業が大幅に効率化

 Board導入に際して、JPXが特に慎重を期して進めた工程があった。それは、旧システムのデータベースに収められていた過去の予算や実績データを、新たに構築するBoardのデータベースに移行する作業だ。新旧のデータベース構造は全く異なるため、どのデータ項目とどのデータ項目がひも付くのかについて、財務データに詳しい財務部のメンバーが慎重に検討を重ね、場合によってはデータに加工や修正を加えながら、3回に分けて移行作業を進めた。

 2020年1月の本番稼働開始後は、こうして旧システムから引き継いだ過去データと財務会計システムから新たに取り込んだ実績データを基に、財務部の担当者が予実管理や業績分析などの作業を実施している。まだ限られた数のユーザーのみの利用にとどまっているものの、早くも導入効果が表れつつあるという。

 「BI機能を活用することによって、分析作業は格段にやりやすくなりましたね。データをドリルダウンして、いろんな切り口から容易に分析できるようになったため、経営からのデータ提供依頼にも迅速に応えられるようになりました。

 旧システムでは時系列データを年度ごとに異なるデータベースに保管していたため、データアクセスがかなり非効率でした。新システムではこれを1つのデータベースにまとめたのでデータ取得の効率が格段に上がって、大量データ処理のスループットが大幅に改善しました」(山下氏)

 JPXは今後、Boardの機能をさらに活用する方向性を模索する考えだ。

 「非財務データをデータベースに取り込んで相関分析を実施したり、株式市場動向と自社収益との間の連動性を分析するといった新たな使い方にもぜひチャレンジしてみたいと考えています」と山下氏は語り、次のように続けた。

 「例えば、プロジェクト単位の投資評価を時系列でモニタリングできるような仕組みが実現できれば、経営に大きなインパクトを与えられるのではないかと考えています。その実現のためには、データの持ち方を含めて検討すべき課題がたくさんありますが、今後はさまざまなデータ活用の可能性を積極的に探っていきたいと考えています」(山下氏)

2020年08月26日 07時00分 公開 ITmedia

【訂正のお知らせ】公開時、JPXの事業について「証券保管振替機構などを傘下に収め」と記載していましたが、証券保管振替機構はJPXのグループ企業ではなく関連会社に当たるため、訂正いたしました。失礼いたしました。(編集部 2020年8月26日 15:13)

【加筆のお知らせ】JPXからの情報提供により、一部の情報を加筆いたしました。(編集部 2020年8月26日 15:23)